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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)500号 判決 1982年10月07日

上告人 全逓信労働組合

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人秋山泰雄、同小池貞夫の上告理由について

一  上告人の本訴請求は、上告人の支部組合である全逓信労働組合昭和瑞穂支部がかねて昭和郵便局長から掲示物の掲示の一括許可(以下「本件許可」という。)を受けて、その掲示場所として指定された同郵便局庁舎内の国の設置にかかる本件掲示板を組合活動のための掲示物の掲示に専用してきたところ、昭和郵便局長が違法に本件許可を撤回して本件掲示板を撤去したとして、被上告人に対し、本件掲示板が設置されていたのと同一の場所にそれと同一規格の掲示板を設置してこれを上告人に使用させるべきこと(以下「本件原状回復請求」という。)及び債務不履行若しくは不法行為又は国家賠償法一条一項の規定に基づく損害賠償の請求をするものである。そして、郵政省庁舎管理規程(昭和四〇年一一月二〇日公達第七六号。以下「庁舎管理規程」という。)二条は、各郵便局庁舎の庁舎管理者を当該各郵便局長とするものと定め、同規程六条は、庁舎管理者は庁舎等において広告物等の掲示等をさせてはならないものとするとともに、庁舎等における秩序維持等に支障がないと認める場合に限り、場所を指定してこれを許可することができるものとしているところ、原審が適法に確定した事実関係によれば、本件許可は昭和郵便局長が右規程六条の規程に基づいてしたものであることが明らかである。

二  そこで、本件許可の性質について考えるのに、庁舎管理規程は、郵政省に属する行政機関の遂行する事業及び行政事務の用に供される土地、庁舎等における秩序の維持等を図るため、庁舎管理権に基づく右土地、庁舎等の取締りに関し必要な事項を定めたものであつて(一条)、同規程四条以下の庁舎等における諸行為の規制に関する規定も専らその趣旨で設けられたものであること、他方、右土地及び庁舎についての国有財産法一八条三項の規定によるいわゆる行政財産の目的外使用の許可については、別に、郵政事業特別会計規程(昭和四六年三月一七日公達第一〇号)第一一編四条において、許可権者、許可の要件、その手続等に関する規定が設けられていること等に照らすと、庁舎管理規程六条に定める庁舎管理者による庁舎等における広告物等の掲示の許可は、専ら庁舎等における広告物等の掲示等の方法によつてする情報、意見等の伝達、表明等の一般的禁止を特定の場合について解除するという意味及び効果を有する処分であつて、右許可の結果許可を受けた者において右のような伝達、表明等の行為のために指定された場所を使用することができることとなるとしても、それは、その者が許可によつて禁止を解除され、当該行為をする自由を回復した結果にすぎず、右許可自体は、許可を受けた者に対し、右行為のために当該場所を使用するなんらかの公法上又は私法上の権利を設定、付与する意味ないし効果を帯有するものではなく(したがつて、使用の対価を徴することなどは、全く予定されていない。)、もとより国有財産法一八条三項にいう行政財産の目的外使用の許可にも当たらないと解するのが相当である。そうすると、昭和郵便局長が庁舎管理規程六条の規定に基づいてした本件許可によつては、上告人は本件掲示板ないし庁舎壁面についての使用権ないし利用権を取得するものではないから、上告人の本訴請求のうち、かかる権利を有することを前提とする本件原状回復請求及び右権利に対応する債務の不履行を理由とする損害賠償請求は、いずれも理由がないというべきである。

また、昭和郵便局長が本件許可を撤回し又は本件掲示板を撤去するに至つた経緯及び事情についての所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、庁舎管理規程六条の定める許可の制度の先にみたような趣旨に徴すれば、庁舎管理者は、庁舎等の維持管理又は秩序維持上の必要又は理由があるときは、右許可を撤回することができるものと解すべきところ、原審が適法に確定した事実関係ののもとにおいては、昭和郵便局長がした本件許可の撤回又は本件掲示板の撤去が違法ではないとした原審の判断も、正当として是認することができる。したがつて、本件許可の撤回又は本件掲示板の撤去が違法であることを前提とする上告人のその余の請求も、失当たるを免れない。

三  以上のとおりであるから、上告人の本訴各請求をいずれも理由がないものとして排斥した原判決は、結論において正当ということができる。論旨は、判決の結論に影響を及ぼさない点についての原判決の違法をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 谷口正孝 和田誠一)

上告理由

第一点 原判決は、本件掲示板の使用関係は、「郵政省庁舎管理規程」およびその運用通達に基づく一括許可の方式に移行した以降においても「事実状態」を出るものではなく、契約関係と解することはできないとの第一審判決を引用したが、右判断には何故に契約関係と解することができないかについて理由不備の違法があり、かつ、右のとおり判断するについて判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則の違背がある。

一、原判決(原判決理由は、第一審判決理由と同一であるとして第一審判決の全部を引用しているので、以下、第一審判決理由を原判決理由として引用する)は、「昭和四一年一一月八日以前は掲示物ごとの個別許可方式により、又同日以降は一括許可により本件掲示板の北側二分の一は事実上昭瑞支部の専用掲示板として使用されてきたことが認められる」としたうえで、右事実をもつて本件掲示板使用関係が使用貸借契約ないしそれに準ずる掲示板使用契約と解しうるか否かについての検討を加えるとし、まず、本件掲示板を含む昭和局庁舎は国有財産法三条にいう行政財産に属しており、同法一八条三項は用途又は目的を妨げない限度において行政財産の使用又は収益を許可することが可能なことを規定しているが、「右行政財産の目的外使用許可によつて発生する使用権が私権の性質を有するか否かは具体的事情を加味して判断しなければならない」との見解を示した。そして個別許可の方式によつていた時期については、「ただ掲示許可を得た掲示物の掲示場所として本件掲示板を指定され事実上本件掲示板を使用することを許されていたのみ」であつて、私法上の権利を有する関係であつたとはとうてい解されないし、一括許可の方式に移行した以降については「掲示物ごとの許可によらず昭瑞支部において継続して本件掲示板を占有し、自由にこれを使用していたように見えるが、現実には右規程等に基づく前記許可条件に違反しない限りにおいて、かつ、最終的には庁舎管理権者において掲示物の撤去をもなし得ることとする関係者の遵守事項が明示されたうえ本件掲示板の使用を許されていたのみであつて、原告の本件掲示板使用は事実状態を出でるものではないというのほかはない」との判断を示した。

二、右に述べたところによつて、原判決が一括許可の方式になつてからの本件掲示板使用関係を事実状態を出るものではないとした理由は、本件掲示板は、郵政省庁舎管理規程等によつて掲示許可条件が付され、また、条件違反の場合には庁舎管理権者において掲示物を撤去しうることが明示されて使用されているものであることに求められていることは明らかである。そして、右の部分こそ、行政財産の目的外使用許可によつて発生する使用権が私権の性質を有するか否かを判断するにあたつて「加味」された具体的事情であろうと考えられる。

しかし、原判決は私権の性質を有するかどうかを検討するときに加味すべき具体的事情とはどういう性質の事情なのかまつたく説示するところがない。したがつて、行政財産の目的的使用許可によつて発生する使用権の性質を考察するにあたつて、庁舎管理権者自身が定めた庁舎管理規程等の規定の内容が何故に意味をもつのかは判決理由からはまつたく判らない。

また、庁舎管理規定等によつて掲示許可条件が付され、それに違反したときは庁舎管理権者において掲示物を撤去することが定められていることがどうして、本件掲示板の使用関係を事実状態を出ないものと判断する理由となるのかについても何ら説示がない。

三、わが国の労働組合の大多数は、その組合員の勤務する事業場に組合掲示板を有していることは公知の事実といつてよいと思われる。それには、わが国の労働組合が企業別に結成され発展してきたため組合活動の場を職場に求めざるを得ないという歴史的事情も関係があると思われるが、いずれにせよ、労働組合が結成されるとその組合員が勤務する事業場に組合事務所とともに組合掲示板の供与を要求するのが常態であり、使用者も、この要求に応じて、その経費をもつて事業場内に掲示板を設置しこれを組合に供与するのが一般的な対応である。このような掲示板使用関係は、掲示板の占有を労働組合に引渡しこれを無償で使用させるものであることに着目すれば、組合事務所貸与契約と同様に使用貸借契約関係であると解される(組合事務所について熊本地八代支判昭和三九年五月一三日労民一五巻三号四七〇頁、福岡高判昭和四一年一二月二三日労民一七巻六号一四五頁、東京地判昭和四二年一一月一五日労民一八巻六号一一三六頁、東京地判昭和五〇年七月一五日判例タイムズ三二四号一六三頁など)。しかし、掲示板使用関係は、つねに掲示板の占有が労働組合に移転せしめられているものばかりではない。そして、労働組合にとつては、事業場に掲示物を継続的に掲出できる場所が確保されることが目的であつて、掲示板を占有すること自体はほとんど意味をもたないから、その目的に沿うものであるならば、掲示板の占有の移転を伴わない使用関係であつてもいつこうに差支えないのである。被上告人は本件掲示板の使用関係は、庁舎管理権者が組合よりする掲示物の掲出許可の申出に対して、その掲示場所として本件掲示板を指定しているものにすぎないと主張するが、本件においてそのように解することができるかどうかはともかくとして、掲示場所が一定しておりそこへの掲出が原則として組合の自由になし得るものであるかぎり、それでも事業場内に組合の掲示物を掲出するという組合側の要求を基本的に充足していることは間違いない。この場合のように占有の移転を伴わない掲示板使用関係について、それが占有の移転を伴つていないとして使用貸借契約の成立を否定することは当然であるが、だからといつて直ちにそれが事実状態にすぎないとして、契約関係であること自体をも否定することは、掲示板使用関係の実質を見ないものといわざるを得ない。前述したとおり、掲示板使用関係の本質は、事業場内の一定の場所に組合の掲示物を継続的に掲出することを使用者が承認することによつて、組合がこれをなしうる権利を取得することにあるのであつて、掲示板の占有の取得にはない。そして、使用者が事業場内の一定の場所に組合の掲示物を継続的に承認することは、通常は組合にこれに対応する権利を付与したものと解すべきである。なんとなれば、使用者が労働組合に掲示板に掲示物を掲出することを承認するのは、労働者の団結を承認し、その具体的活動のためのもつとも基礎的な条件である教育・宣伝・情報伝達あるいは周知のための手段を供与し、そのことによつて労働組合とのより良好な関係の成立を期待するからであつて、単なる恩恵ではないからである。掲示板使用関係については、右に述べたように解すべきものであるが、原判決は昭瑞支部が「継続して本件掲示板を占有し、自由にこれを使用していたように見える」が、それには、郵政省庁舎管理規程等によつて掲示許可条件が付され、また条件違反の場合には庁舎管理権者において掲示物の撒去をなしうることが明示されて使用が許されていたことを理由として、その使用関係を事実状態を出ないと判示した。しかし、その占有を組合に移転した掲示板使用関係においてでも、掲出する掲示物について条件を付し、また条件違反の掲示物については使用者において撒去できる旨を約定することはありうるから、そのことがその使用関係を事実状態を出ないものとして契約関係の成立を否定する根拠とはなり得ないといわざるを得ない。

四、原判決も認定するとおり、本件掲示板使用関係については、昭瑞支部において「継続して本件掲示板を占有し、自由にこれを使用していたように見える」実態があつた。被上告人の主張するところによれば、それは庁舎管理権者が組合よりする掲示物の掲出許可の申出に対して、包括的に本件掲示板をその掲示場所として指定した関係に基づくものであるというが、掲出場所として指定された本件掲示板は昭瑞支部の専用であつて、そこに同支部以外のものの掲示物の掲出を許可することは当局側も予定していないし、実際にも、もちろん、そのような許可をした事実はない。そればかりでなく、本件掲示板にも、それが同支部用のものであることが明示されていた。また、玄関に設置されていた同支部用掲示板にも、同支部用であることが明示されており、それと並んで全郵政労働組合用の掲示板と当局用の掲示板とがそれぞれその掲出者を明示して設置されている。このような実態からすれば、郵政省庁舎管理規程等に定められた掲示板使用についての法形式のいかんにかかわらず、本件掲示板は同支部の占有のもとにあり、使用貸借契約が成立していたと解すべきものである。また、かりに占有が移転していないとしても、本件掲示板にその掲示物を掲出し使用することを内容とする無名契約たる掲示板使用契約が成立していたと解すべきである。

五、以上に述べたとおり、本件掲示板の使用関係は事実状態を出るものではなく契約関係とは認められないとした原判決には、何故に契約関係と認められないかについて理由の不備がある。

また、労働組合の掲示板使用関係は、一般的には、掲示板の占有の移転を伴うかどうか、あるいは、掲示物の掲出に許可条件が付され、その違反の場合に使用者において撤去できるかどうかとはかかわりなく契約関係と解すべきであるのに、本件掲示板については郵政省庁舎管理規程等に基づいて掲示許可条件が付され、また条件違反の場合には庁舎管理権者において掲示物の撤去をなしうることが明示されて使用が許可されていたことを根拠に契約関係であることを否定したが、その判示するところは契約関係を否定する根拠とはなり得ないものであるから、結局、原判決の認定は経験則に違反したものであり、その違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

第二点 原判決は、本件掲示板の使用許可は国有財産法一八条三項の目的使用許可であり、同法一九条により二四条が準用されているが、「本件一括許可のごとき、原告において何らの私法上の権利をも有せず、昭和局長の管理作用の発動によつて事実上の利益を享受しているにすぎない場合、管理者は、庁舎管理本来の目的を逸脱しない範囲において、その裁量により許可の取消ができるものと解するのが相当である」と判示し、本件掲示許可の一部取消は「環境整備の一環として掲示板の規格を統一し、設置場所の統合を図るために行われたもので、必ずしも庁舎管理本来の目的から逸脱するものとはいえない」から、右取消につきその裁量権の範囲を逸脱し、裁量権を濫用したものとはとうてい解し得ないと判示したが、右判示は理由不備かつ行政処分の撤回についての法理の適用を誤り、国有財産法一九条、二四条の解釈適用を誤つた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決は、昭和局長が昭和四七年三月一四日昭瑞支部長に対し昭和四一年一一月八日付一括許可を掲示場所を昭和局庁舎一階湯沸室入口上部掲示板に変更したうえ許可し直した処分は、昭和四一年一一月八日付一括許可のうち本件掲示板を掲示場所とする部分を取消したものであるとする。原判決は右処分の一部取消としているが、右一部取消とは、処分に瑕疵があるためになされたものではなく、適法な処分の効果を将来に向つて消滅させるものであるから、講学上処分の一部撤回にあたるものと解される。行政行為の撤回とは「その成立に瑕疵のない行為について、公益上その効力を存続せしめ得ない新たな事由が発生したために、将来にわたり、その効力を失わしめるためにする独立の行政行為をいう」(田中二郎「新版行政法(上)」一二四頁)と説かれ、いつたんなされた処分によつて形成された法律関係はそれ自体として尊重されなければならないから、撤回は無制限には許されないとされている。

この点についての学説を概観すると、「人民に権利又は利益を賦与する行政行為の撤回は、取消権(撤回権)を留保している場合(この場合においても無制限の撤回は許されぬ)の外は、原則として、許されない(大正一五年六月二二日行判録七〇八頁、福岡高判昭和二八年一二月二四日行裁例集四巻一二号二九六九頁)。この場合には、行政行為の撤回は、人民の権利利益を侵害し、法律秩序の安定を害することとなるからである。取消権の留保をしている場合においても、それが単なる『例文』に止まるときは、それを理由として無条件の撤回をなすことは許されない。学説上には、人民に権利又は利益を賦与する行政行為についても、公益上撤回を必要とするときは、自由に、撤回し得るものとする見解もある(佐々木・改版総論五〇八頁)が、その撤回の必要が相手方の義務違反(昭和四年七月二三日行判録九〇六頁、昭和七年二月二三日行判録七三頁)等、相手方の責に帰すべき事由によつて生じた場合、及び撤回について相手方の同意のある場合(取消権の留保のあるときは、この場合に該当するものと解すべき場合が少なくないであろう)を除いて、その自由な撤回は許されない。若し、それにも拘らず、公益上撤回を必要とするときは、公用収用の場合に準じ、撤回によつて生ずる不利益に対する相当の補償をなして後これを要するものと解すべきである(田中・行政行為論二五五頁参照)」(田中二郎・法律学全集「行政法総論」三六〇頁)と説く有力な見解があり、「個々具体的に取消を求める事由と取消を認めることによつて生ずる不利益(適法な行政行為の存続に対する信頼の保護を求める当事者および一般の利益)とを比較衡量して決すべきである」(遠藤博也「行政行為の無効と取消」一八〇頁)とする見解と対立している。しかし、後記においても処分を撤回する公益上の必要が撤回によつて生ずる当事者の不利益を正当化できるほどのものでなければ撤回は許されないとして、撤回をなし得る場合を制限している。

判例には、処分の撤回はその処分によつて与えられた既得権ないし利益を侵害するものであるから、これが許されるのは公益上特段の必要ある場合に限るとするものが多い(名古屋高判昭和四二年八月二九日行政事件裁判例集一八巻八・九号一一六六頁、福岡地判昭和三八年一月二二日同一四巻一二号二〇八五頁など)。

二、ところが原判決は本件掲示板の使用許可は国有財産法一八条三項の目的外使用許可にあたるとしながら、同法一九条によつて目的的使用許可の場合に準用される同法二四条一項が「国又は公共団体において公共用・公用又は国の企業若しくは公益事業の用に供するため必要を生じた」ときは契約を解除できる旨定めているけれども「本件一括許可のごとき原告において何らの私法上の権利をも有せず、昭和局長の管理作用の発動によつて事実上の利益を享受しているにすぎない場合、管理者は庁舎管理本来の目的を逸脱しない範囲において、その裁量により許可の取消ができるものと解するのが相当である」として、同法一九条が準用する同法二四条一項の規定は本件掲示許可には適用されず、「庁舎管理本来の目的を逸脱しない範囲において」許可の取消(撤回)ができるとの見解を示した。すなわち、原判決は、本件掲示許可の撤回は「庁舎管理本来の目的を逸脱しない範囲」において自由になしうるとの見解をとり、行政処分の撤回についての法理を採らず、国有財産法一九条、二四条一項の適用もないと判示したのである。

しかしそもそも同法一八条三項の目的外使用許可はその規定自体によつて明らかとおり、行政財産の「用途又は目的を妨げない限度において」、その使用または収益を許可されるものであるから、当然にその使用関係の実態としては、私権を有さず、管理作用の発動によつて事実上の利益を享受しているにすぎないと解すべき事例のあることが予想される。

したがって、同法一八条三項の目的外使用許可の場合にも同法一九条が普通財産の貸付に関する同法二一条から二四五条までの規定を準用しているのは、これらの規定は目的外使用許可による使用関係が私権を設定した場合にのみ準用されるという趣旨ではなく、私権を設定しなかつた場合の使用許可の撤回についても、これらの規定の適用がある趣旨であると解さなければならない。同法一八条三項による目的外使用許可の場合にも、それに基づく法律関係が生成発展する以上このことは当然のことというべきである。しかるに原判決は右のとおり述べて本件掲示許可の撤回について同法二四条一項の準用を否定したのである。しかし、本件掲示許可が私権としての性質を有していないこと、あるいは本件掲示許可が管理作用の発動によつて事実上の利益を享受しているにすぎないことが、同法二四条一項の準用を除外する理由になりうるとは解されないし、原判決もその理由について判示するところがない。すなわち、この点において原判決は理由不備であるといわなければならない。

三、本件掲示許可は、昭瑞支部に対して本件掲示板を掲示場所として包括的に掲示物を掲出することを許可したものであるが、この掲示許可は何ら撤回権を留保していない。しかも、本件掲示許可の撤回は、原判決の認定するところによれば環境整備の観点からなされたというのであるから、義務違反など同支部の責に帰すべき事由はまつたくない。他方、同支部にとつては、本件掲示板は組合員に対する教育・宣伝・情報伝達あるいは周知のための不可欠の手段として、原判決の認定によれば昭和三五年暮頃から使用してきたものである。したがつて、前掲の学説(田中説)によれば、本件掲示許可は撤回しうる余地のないものといわなければならない。また、かりに、撤回できるかどうかは「事情変更によつて生じた処分の効果の消滅についての公益上の必要と、既存の法律関係の安定との比較考量の問題」であるという見解(最高裁事務総局編「続行政事件十年史」三八二頁以下)によるとしても、環境整備とはいつても、局舎はすでに老朽化しているのであつてそれには限界があるし、本件掲示板を撤去したからといつてどれほどの効果を期待できるものではない。しかも、本件掲示板の汚損き損の状態が環境整備の観点から放置し得ないというのであれば、本件掲示板を廃棄して新品と取りかえるか、あるいは修復することによつて、その目的を達することが可能であり、そのためにさほどの費用を必要とするものとも考えられない。そして、食堂内に掲示板が設置されること自体が、環境整備と相容れないとする主張立証はない。すなわち、本件掲示許可を撤回しなければならない公益上の必要はまつたく認められないのである。

また、環境整備が国有財産法二四条一項に該当しないことも明らかである。

いずれにせよ、環境整備は、本件掲示許可を撤回して本件掲示板を撤去するに足るだけの合理的理由であるとはとうてい解されないのである。

四、以上に述べたとおり、行政処分の撤回についての法理、国有財産法一九条、二四条一項によれば、昭和局長は本件掲示許可を撤回することは許されないと解すべきであつたのであり、これに反し、本件掲示許可のごときは「庁舎管理本来の目的を逸脱しない範囲において、その裁量により許可の取消ができる」との見解のもとに、本件掲示許可の撤回は環境整備の一環としてなしたものであつて、庁舎管理本来の目的を逸脱していないと判示した原判決は、本件掲示許可の場合には行政処分の撤回についての法理および国有財産法一九条、二四条一項が適用されない理由が不備であり、また、行政処分の撤回についての法理を適用せず、国有財産法一九条、二四条一項の規定をも適用しなかつた点および本件掲示許可の撤回は適法であるとした点は行政処分の撤回についての法理に違反し国有財産法一九条、二四条一項の解釈適用を誤まつた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破棄を免れない。

第三点 原判決は、本件掲示許可の撤回による本件掲示板撤去は上告人の組合活動に対する不当な支配介入に該らず、団結権を侵害したともいえないと判示したが、右判示の前提たる事実の認定において経験則の違背があるとともに、理由不備ないし理由齟齬、憲法二八条、労働組合法七条三号の解釈適用を誤まつた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決は、

<1> 本件掲示板には主に緊急を要しないものが掲示され、一階掲示板に掲示されているものと同一の掲示物を掲示することもしばしばあつたこと

<2> 設置場所としては一階掲示板の方が職員の目に触れやすいこと

<3> 本件撤去に際し一階掲示板を相当程度拡大し、組合事務室も使用しやすくする等代償措置を充分に講じていること

<4> 本件撤去に至るまで昭瑞支部に対し再三にわたつて事情の説明を行ないその了解を得るよう努力したことなどの経緯等に照らせば、「昭和局長は前記環境整備の目的と昭瑞支部の組合活動上の利害との調整を図つて、昭瑞支部が本件撤去により蒙る不利益を最少限に留めるための配慮を尽したうえ本件撤去に及んだものと認められる」として、本件掲示許可の撤回は裁量権を逸脱したものとはいい難く、支配介入になるとは解されないと判示した。

二、右判示は、その前提たる事実の認定ないしその評価において経験則の違背がある。第一に、前項<2>に摘示された事実についてであるが、一階掲示板の方が職員の目に触れやすいというが、それは単に何らかの掲示物が掲出されているという事実を知る可能性が本件掲示板より大きいという意味においては正当であるが、掲示物は単に何らかの掲示物が掲出されていることを知るだけでは目的を達したことにはならないのであつて、組合員がその内容を読んでその趣旨を了解してはじめてその目的を完全に達したことになる。しかし、一階掲示板は玄関に設置されていて、職員などの通行が頻繁であるうえ、掲示板の位置が高いため、内容を読むためには必ずしも適当な場所にあるとはいえない。とりわけ、出退勤時には、通行する職員が多いためその場所で掲示物の内容を読むことは容易ではない。

これに対して、本件掲示板は食堂内に設置してあり、食事、休憩あるいは煙草などの購入などにもおもむいた際などには内容を読むことが可能であるから、原判決の摘示は誤りである。

第二に、同<3>に摘示された事実は、本件掲示板撤去の「代償措置」としての性質はまつたくもつていない。掲示物の掲出による教育・宣伝・情報伝達あるいは周知などの活動はその性質上、組合事務所を使用しやすくすることによつて代替できるものでないことはいうまでもない。また、一階掲示板の拡大も、本件掲示板が食堂に設置されていることに意味があつたことからといえば、とうてい「代償措置」といえる性質のものではない。

以上の二点の認定において、原判決は経験則に違背しており、右認定は、原判決の判断の基礎をなすものであるから、その違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

三、原判決は、前記<1>ないし<4>の事実を認定したうえで、昭和局長は本件掲示板の撤去にあたつて、昭瑞支部の蒙る不利益を最少限に留めるための配慮をしたと認定し、このことを本件掲示板撤去が不当労働行為、団結権侵害にあたらないことの理由としている。

しかし、原判決の判断は誤りといわなければならない。

本件掲示板の撤去が、昭瑞支部の組合活動によつて重大な障害となることは、従来、食堂という職員が比較的にゆつくりとくつろいでいる場所から本件掲示板が撤去されたのであるから容易に了解できるところである。同支部が当局側の説明に納得しなかつたのも、本件掲示板の撤去が組合活動に及ぼす支障を考慮すればこそである。これに対して、昭和局長が本件掲示板を撤去することとした理由は環境整備であるというが、環境整備の目的を達するためならば、本件掲示板を撤去せずとも、新品と替えるか、修復して塗装すれば充分である。しかるに、同局長はかような措置をとることをせず、昭和三五年以来長年月にわたり、同支部が使用してきた本件掲示板を同支部の反対を押し切つて撤去したのであるが、本件掲示板を撤去しなければ環境整備の目的を達し得ない理由については、何らの主張も立証もない。

原判決が指摘する前記<1>の事実は、本件掲示板を撤去することを正当化しないし、同<2>の事実も同様である。同<3>は代償措置としての意味をもたない。そして同<4>はそもそも当局側の本件掲示板撤去の理由が環境整備という薄弱な理由であるのだから、同支部に対して説得力がないことは当然である。すなわち、いずれも、同支部に生ずる不利益にもかかわらず本件掲示板撤去を正当とする理由たり得ないのである。

すなわち、原判決が本件掲示板撤去が不当労働行為に該当せず、団結権侵害にもならないとして説示する理由は、本来その理由とはなり得ないものであるから、この点において原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法があるものといわなければならず、また、環境整備の目的を達するためであるならば、本件掲示許可を撤回して本件掲示板を撤去せずとも、掲示板の取り替えあるいは修復をすれば充分であるのに、何ら合理的必要性なしに本件掲示板を一方的に実力で撤去して、同支部の教育・宣伝・情報伝達あるいは周知の手段の重要部分を奪つたのであるから、同局長の本件掲示板撤去は当然憲法二八条に違反して上告人の団結権を侵害し、かつ労働組合法七条三号に該当する行為であるといわなければならないのに、原判決は団結権を侵害したものでもなく、不当労働行為にも該当しないと判示したのであるから、原判決は憲法二八条、労働組合法七条三号の解釈適用を誤まつたものであり、その誤りは原判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

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